2007年07月17日
忘れかけていた阪神大震災
そういえば、もう大分前になる。
今回の新潟の地震でまた思い出した。
まだ今のように携帯電話も普及しておらず、演奏者との連絡も
とれない。某ホテルで大きな宴が、地震の2日後くらいにあった。
司会者も(局アナは局待機ででれない状況になり)演奏者も臨時メンバーで
皆でぶっつけ本番のような状態でやった覚えがある。
海外からのお客様も多く、日程が地震に近すぎで中止の連絡さえ出来ない状況
だったため、決行になったという宴。入場の雰囲気は皆、今日の宴の祝いではなく
「無事でした〜?」という挨拶。隣の席の人は無事か?みたいな、不思議な入場シーン。
ホテルのエレベーターも動かない、水道管も破裂。
いつもは、あっと言う間に一週間が経つのに、えぇ?まだ3日?と、思った感覚も
不思議だった。もっと日が経ったような、地震はもっと前だったような…日が過ぎる
のを遅く感じる経験をした。
毎日毎日、明日の予定がイメージできない生活。
それぞれの現場から連絡は入るものの、どこも「今、会議してますからあと2時間
くらいしたらまた連絡します」と。しかし2時間後も同じこと。今日のことすら決めれない。
誰にも、たった2時間先の見通しができないのである。
そんな1、2週間がすぎ、生きてる者が何かをしなければ、という考えの1、2ヶ月
がすぎ、…
それから半年は、ボランティア公演やチャリティコンサートをしていたと思う。
避難袋も1年か2年はあったと思うが今はない。
今、何をする? 自分に問う。
今回の新潟の地震でまた思い出した。
まだ今のように携帯電話も普及しておらず、演奏者との連絡も
とれない。某ホテルで大きな宴が、地震の2日後くらいにあった。
司会者も(局アナは局待機ででれない状況になり)演奏者も臨時メンバーで
皆でぶっつけ本番のような状態でやった覚えがある。
海外からのお客様も多く、日程が地震に近すぎで中止の連絡さえ出来ない状況
だったため、決行になったという宴。入場の雰囲気は皆、今日の宴の祝いではなく
「無事でした〜?」という挨拶。隣の席の人は無事か?みたいな、不思議な入場シーン。
ホテルのエレベーターも動かない、水道管も破裂。
いつもは、あっと言う間に一週間が経つのに、えぇ?まだ3日?と、思った感覚も
不思議だった。もっと日が経ったような、地震はもっと前だったような…日が過ぎる
のを遅く感じる経験をした。
毎日毎日、明日の予定がイメージできない生活。
それぞれの現場から連絡は入るものの、どこも「今、会議してますからあと2時間
くらいしたらまた連絡します」と。しかし2時間後も同じこと。今日のことすら決めれない。
誰にも、たった2時間先の見通しができないのである。
そんな1、2週間がすぎ、生きてる者が何かをしなければ、という考えの1、2ヶ月
がすぎ、…
それから半年は、ボランティア公演やチャリティコンサートをしていたと思う。
避難袋も1年か2年はあったと思うが今はない。
今、何をする? 自分に問う。



